壮年期から始めるマッスルヘルス(豊島 瑞枝)
はじめに
「最近、疲れやすい」「歩く速度が落ちてきた」「食欲が減った」――こうした変化は、単なる加齢による自然な現象と思われがちです。しかし実際には、フレイルやサルコペニアの兆候である可能性があります。フレイルは心身の脆弱性を意味し、サルコペニアは筋肉量や筋力の低下を中心とした病態です。両者は密接に関連し、要介護状態への移行を予測する重要な指標となります。
アジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)は2025年に新しいサルコペニアの診断基準(AWGS2025)を発表しました。これは壮年期からの予防が含まれており、私たちの生活習慣を見直す契機となります。
AWGS2025の改訂ポイント
- 診断基準の簡素化
従来は「筋肉量+筋力または身体機能」で診断されていましたが、AWGS2025では筋肉量と筋力の低下が同時に存在することを診断基準としました。歩行速度などの身体機能は診断から外れ、アウトカム指標として扱われます。 - 対象年齢の拡大
診断対象が65歳以上、またはマッスルヘルスに懸念のある50〜64歳に拡大されました。働き盛り世代から筋肉の健康を守ることが推奨され、健康寿命延伸のカギとなります。 - BMI補正値の導入
筋肉量評価にBMI補正のカットオフ値が新設され、肥満であっても筋肉量が不足しているケースを見逃さないようになりました。 - 簡便なスクリーニング法
握力測定や下腿周囲長に加え、指輪っかテストが新たに追加されました。これにより、地域や家庭でも簡単にチェックでき、早期介入の機会が広がりました。
壮年期からのマッスルヘルス
AWGS2025では「マッスルヘルス」という新しい概念が強調されています。これは筋肉量だけでなく、筋力・筋質・代謝や内分泌機能まで含めた包括的な筋肉の健康状態を指します。
- 筋力:握力などで評価。50〜64歳の壮年期にもカットオフ値が新設されました(男性34kg未満、女性20kg未満)。
- 筋肉量:四肢骨格筋量測定で診断。
低筋力と低筋肉量の場合にサルコペニアと診断されます。
この「マッスルヘルス」という概念は、高齢期だけでなく壮年期から筋肉の健康を守るライフコースアプローチを推奨しています。厚生労働省「国民生活基礎調査の概況(2022年)」によれば、同居している家族の介護を担っている方の17.2%は50〜59歳に属しています。介護を「人のこと」と捉えるだけでなく、自分自身の健康を守る視点を持つことが重要です。
【食事のヒント】 ― 筋肉を育てる食卓
食事は筋肉を守るための最も基本的な要素です。特にたんぱく質は筋肉合成の材料となり、毎食欠かさず摂ることが推奨されます。卵、魚、肉、大豆製品をバランスよく取り入れることが大切です。目安は体重1kgあたり1.0〜1.2gとされています。
さらに、ビタミンDは骨と筋肉の健康を支え、オメガ3脂肪酸は炎症を抑える働きがあります。魚やきのこ、ナッツ類を食卓に加えることで自然に摂取できます。
嚥下機能が低下すると食事量が減り、低栄養に直結します。嚥下調整食やリハビリを組み合わせ、「口から食べる力」を守ることも重要です。
【運動のヒント】 ― 動ける体を維持する
筋肉は使わなければ衰えます。レジスタンス運動(スクワットや腕立て)で筋力を維持し、有酸素運動(ウォーキングや軽いジョギング)で持久力を養うことが効果的です。
また、発声練習や舌を動かすトレーニングは嚥下筋を鍛え、「食べる力」を守ります。
【心と社会のつながり】 ― 心の栄養も大切に
AWGS2025では、抑うつや認知機能低下などの臨床的症状がある場合もサルコペニアの評価に移行することとされています。孤立を防ぐために、誰かと一緒に食事を楽しむこと、趣味活動で心を動かすこと、地域活動などで人とのかかわりをもつことも大切です。
まとめ
AWGS2025は「マッスルヘルス」の促進に焦点を当てています。食事・運動・社会参加の3つを意識し、その積み重ねを続けることが、未来のフレイル予防につながります。
今日の食卓にたんぱく質を一品増やすこと、散歩を10分長くすること、誰かと一緒に食事を楽しむこと――その小さな習慣が、健康的で生き生きとした毎日につながります。

参考文献
- Chen LK, et al.
A focus shift from sarcopenia to muscle health in the Asian Working Group for Sarcopenia 2025 Consensus Update.Nature Aging. 2025. doi:10.1038/s43587-025-01004-y - 日本サルコペニア・フレイル学会
「新しいサルコペニアの診断基準(AWGS2025)のお知らせ」(2025年11月公開) - InBody Japan
「AWGS2025: 筋肉を軸にしたサルコペニア評価とケアの方向性」(2025年11月公開) - 百崎 良
「新たなアジアのサルコペニア診断基準(AWGS2025)」老年栄養ドットコム, 2025年11月25日 - 厚生労働省
「国民生活基礎調査の概況(令和4年)」(2022年調査結果) - 東京都医師会「フレイル予防」及び東京大学高齢社会総合研究機構・飯島勝矢
「フレイル予防ハンドブック」より引用
筆者

管理栄養士 豊島 瑞枝
患者様とどのように接しているか
尊敬すべき点を尊重する。患者様のご家族やご友人、自分の家族や支えてくれた人たちに恥ずかしくないような対応を心がけています。
卒業した学校
大妻女子大学
好きな食べ物
たくさんありすぎて一つに絞れません。 夫がスープから仕込むラーメンと、ビールは大好きです。













